
設置公開<2010年7月23日>
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<人生後半の充実度は"腎臓"で決まる>「万能薬」となる簡単な習慣 - シバケン
2026/01/26 (Mon) 18:38:29
「「歩く」には腎機能を改善する大きな効果がある」
「著者が勧めているのが「歩くこと」、すなわちウォーキングだ。ウォーキングには“万能薬”といっていいほどの幅広い効果があるというのだ。」
「ウォーキングには、慢性腎臓病だけでなく、高血圧、糖尿病、脂質異常症など、さまざまな疾患を改善する効果が認められているのです。もし、これらを薬物治療で改善しようとしたら、高血圧には降圧剤、糖尿病には血糖値を下げる薬、脂質異常症にはコレステロール低下薬といったように、何種類もの薬を飲まなくてはならないでしょう。
一方、ウォーキングは「しっかり歩く」というただそれだけで、多くの疾患に対して多種多様な効果を発揮してくれるのです。」
>※この記事は2025年10月公開記事を再配信したものです
<絵1>
腎臓の機能をどれだけ長くキープできるかによって、人生後半の充実度が決まると言ってもいい(写真:superbeststock/PIXTA)
>幼少時、「塩分を摂りすぎると腎臓によくない」というような話は、親や大人たちからよく聞かされていた。食事の席で塩や醤油を料理にかけるたび、「かけすぎだ」と叱られたりもしたものだ。
>もう何十年も昔の話ではあるが、同じような経験を持つ方は、きっと少なくないだろう。
>それだけではない。ときには友だち同士の会話のなかに、塩分についての恐ろしい話が登場することもあった。なにせ未熟な子ども同士の会話なので、「塩をかけすぎると死ぬ」「醤油を飲むと即死する」など、必要以上に負の部分が強調されすぎていた気もするのだが。
>人生後半の充実度は腎臓で決まる
>ともあれ、あまりにも言われすぎたせいなのか、それとも単に気が小さかったからなのかは知らないが、幼かった私はやがて腎臓と聞いただけでうっすらとした恐ろしさすら感じるようになっていったのだった。
>『腎臓大復活:100歳まで人生を楽しむ「強腎臓」の作り方』(上月正博 著、東洋経済新報社)に関心を抱いたのも、もしかしたらそんな幼児体験の影響なのかもしれない。
>とはいっても、腎臓が重要な臓器であることは疑いようもない事実だ。腎臓専門医である著者も、「決して大げさではなく、腎臓の機能をどれだけ長くキープできるかによって、人生後半の充実度が決まると言ってもいい」と述べている。
<本2>
『腎臓大復活』
>それは、腎臓が人の生命を「いつも通り」に動かしていくために欠かせない働きをしているからです。腎臓は血液を濾過してきれいにすると同時に、体の血液成分を一定に調整する働きも担っています。腎臓が体を循環する水分や血液を「いつも通り」のきれいな状態に保ってくれているからこそ、わたしたちは毎日を「いつも通り」に生きることができるのです。(「はじめに」より)
>「いつも通り」とは非常にわかりやすく、そして専門知識を持たない素人からしても、理にかなった表現だと感じる。
>つまり、子どものころに大人からしつこく言われた「腎臓によくない」は、「いつも通りの日常を送れなくなってしまう」ということであるわけだ。当時はそんなふうに理解できていなかったはずだが、いまからでも意識するべきことではあるだろう。
>腎臓の常識は大きく変化している
>しかも当然のことながら、他の臓器と同じように腎臓の機能も加齢に伴って少しずつ低下していく。そして働きが落ちると、「いつも通り」にできていたはずのことができなくなっていくのだ。
>たとえば腎臓病や人工透析のリスクが高まるだけでなく、疲れやすくなって体力が続かなくなったりするという。また、動脈硬化や心臓病、脳血管疾患など重大な病気のリスクも高まるらしい。腎臓の衰えを契機として、さまざまな病気や全身の老化が加速するということだ。
>そう聞くとさらに恐ろしくなってしまうが、必要以上に悲観的になる必要もなさそうだ。やるべきことをしっかりやれば、腎臓の機能低下は防ぐことができるからである。さらに“やるべきこと”をきちんとやって腎臓の機能をキープしていけば、体の不調やトラブルを防ぐことができ、病気の進行や老化を防ぐこともできるのだ。
>しかしそれ以前に、私たちが信じている“常識”の多くは、必ずしも正しいとはいえないようだ。時代の変化とともに、「腎臓病の常識」も大きく変化しているからである。
>冒頭で触れたことにもつながるが、たしかに腎臓病にはひと昔前まで、特別な目で見られがちな側面があった。「腎臓が弱い人は運動ができない」とか、「腎臓病の人は疲れやすいので、他の人と同じように仕事をすることができない」「食べたいものも食べられない」、さらには「腎臓病はいったん悪化したら、もうよくならない」など。
>だが、それらはすべて誤りであると著者は断言する。いまはもうそんな時代ではないのだと。
>いまは腎臓を悪くしたとしても、普通の人と同じように活動したり運動したりすることができるし、食生活もちょっと工夫しただけで普通の人と変わらない食事を摂ることができるようになっているのです。当然、「腎臓病はよくならない」というのも誤りで、腎臓リハビリを中心に改善につとめていけば、確実に進行を抑えたり病状を回復させたりすることができます。(23ページより)
>したがって、まずは正しい知識を身につけておくことが重要なのだろう。本書のなかから、いくつかの「古い常識」と「新常識」をピックアップし、比較して考えてみたい。
>「歩く」には腎機能を改善する大きな効果がある
>著者によれば、腎臓病患者は長きにわたり「誤った古い医療常識」のせいで肩身が狭くつらい思いをしてきたのだそうだ。いい例が、「腎臓が悪いなら運動なんかしちゃダメだ」「体なんか動かさず、家で安静にしていろ」というようなことだ。ところが実際には、安静を長く続けたため、かえって病状を悪化させてしまった人もいたのだという。
>すなわち、「腎臓が悪い人は運動を控えたほうがいい」はずもなく、それはもはや過去の考え方なのだ。
>対していまは、著者が提唱した腎臓リハビリが広まり、適度な運動を推奨するのが常識となっているという。腎臓病の治療常識がガラッと変わったわけだが、むしろ「適度な運動をすべき」だということは当たり前すぎる話ではないだろうか。
>ただし、腎臓病の改善に大きな効果を発揮するのは「息が切れないレベルの運動」である。たとえばサッカーやラグビーなどの激しい運動は、かえって腎機能を悪化させてしまう恐れがある。
>そこで著者が勧めているのが「歩くこと」、すなわちウォーキングだ。ウォーキングには“万能薬”といっていいほどの幅広い効果があるというのだ。
>ウォーキングには、慢性腎臓病だけでなく、高血圧、糖尿病、脂質異常症など、さまざまな疾患を改善する効果が認められているのです。もし、これらを薬物治療で改善しようとしたら、高血圧には降圧剤、糖尿病には血糖値を下げる薬、脂質異常症にはコレステロール低下薬といったように、何種類もの薬を飲まなくてはならないでしょう。
一方、ウォーキングは「しっかり歩く」というただそれだけで、多くの疾患に対して多種多様な効果を発揮してくれるのです。(26〜27ページより)
>にもかかわらず、かつては「体を動かすのは腎臓に毒だ。腎臓が悪いなら、あまり出歩かずに家でじっとしていたほうがいい」と言われ続けてきたのだという。しかしそれでは、「病状改善の手段」を放棄させられてきたようなもの。「ウォーキングには腎機能をよみがえらせる力がある」という新常識に基づき、積極的に歩くべきなのだ。
>「安静」は寿命を縮める早道
>繰り返しになるが、「安静」は病気や老化を進行させてしまう元凶であり、それは腎臓病の患者だけに限ったことではないようだ。簡単な話で、安静にしていると筋肉が即座に落ちてしまうからである。
>とくに、腎臓が悪い人は普通の人よりも筋肉が落ちやすいことが分かっています。そして、安静によって筋肉量が減ると、血液を全身に循環させる力が落ちて腎機能のいっそうの低下を招いてしまうことになるのです。だから、腎機能は日々動いていないと悪くなる一方。決して大げさではなく、腎臓病患者にとって安静は腎不全への到達を早め、寿命を縮める早道だと言ってもいいでしょう。(29ページより)
>もちろん、これは腎臓病患者だけに限った話ではなく、健常者にもあてはまることだろう。それほど歩行は重要なのだ。
>腎臓病の話題から少し離れるが、これは個人的に納得できる話でもある。私は完全なデスクワーカーであるため、20分に一度は立ち上がり、一日1万歩の歩行もしくは足踏みを実践している。座り続けていると疲れてくるし、筋力が落ちていくような気もするからだ(もちろん数十分座っていただけで筋力が減るようなことは考えにくいだろうが)。
>ところが半年ほど前に怪我をして一週間ほど入院した際、脚力が急激に落ちたことを痛感した。基本的には寝転がっているだけで、歩く機会が極端に減ったためだ。
>iPhoneで歩数を確認してみたら「60歩」などと表示されたので、寝転んだままひっくり返りそうになった(そんな器用なことはできない)。だから怪我したことよりも、そっちのほうがショックだった。退院後もなかなか調子が戻らなかったが、それこそが「安静」の実態なのだ。
>ところが、少し前までは「腎臓が悪い人は家で安静に」という医療指導が実際に行われていたのだという。これは腎臓を悪化させて寿命を縮めるための指導をしているようなもので、いまの医療常識からすればとうてい考えられないことだ。
>私も以前、とある医療従事者から「健康や医療の常識はつねにブラッシュアップされるものなので、昔から言われているような話はあまり信じないほうがいい」と言われたことがあるのだが、その考え方はまさに著者の主張とも合致する。
>「食を細らせてしまう」のがいちばん危険
>腎臓病になりたくない理由のひとつとして、「厳しい食事制限」を思い浮かべる方もいらっしゃることだろう。医師や管理栄養士から「あれも食べちゃダメ、これも控えなきゃダメ」と細かく注意され、かなりの我慢を強いられるという印象があるからだ。
>いや、印象ではなく、食事制限や節制を仕方がないものとして受け入れることは腎臓病患者の方の“現実”なのかもしれない。
>だが実際のところ、食事制限をがんばりすぎて食べる量を減らしてしまうことがいちばん危険なのだという。とくに70代以上の高齢者の場合、食事量の低下は病気や衰えを進ませる原因になるそうだ。
>食事量が減ってたんぱく質などの栄養素が足りなくなってくると、わたしたちの体は自らの筋肉を分解して不足分を補おうとします。すると、筋肉量がてきめんに減ってしまい、運動機能が低下して短期間のうちにサルコペニアやフレイルが進んでしまうことが多いのです。(30ページより)
>サルコペニアとは筋肉量と筋肉が低下した状態で、フレイルとは心身が衰えた状態。どちらも加齢に関係しているが、いずれにしても食事制限がそうした状態をもたらすのだとしたら健全だとはいえない。
>また、腎機能をいっそう悪化させることになる可能性もあるようで、そういう意味でも全体の食事量は減らすべきではないのだ。
>1日3食「ちゃんと食べる」ことを徹底するべきです。とくに、たんぱく質は体内でキープしておくことができないので、朝・昼・晩と毎食摂る必要があります。(30ページより)
>いうまでもなく、食事は人間の活動のエネルギー源。したがってそこを細らせてしまうと、腎臓や筋肉だけでなく、心身の活力までもがダウンすることになる。そのため、「食べる量は絶対に減らさない」ことを肝に銘じたうえで日々の食生活を送ってほしいと著者は強調している。
>「古い常識」を「新常識」へ
>ここでご紹介したのは数ある「新常識」のうちのほんの一部に過ぎないが、それでも意外に感じられたことは多いはずだ。そこで、「古い常識と新常識は違う」ということを念頭に踏まえたうえで本書を読み進め、さらなる知識を身につけたいところである。
>運動を通じて腎機能の改善を目指す「腎臓リハビリ」、しっかり食べることで体をよみがえらせる「腎臓回復食」、腎機能を維持しながら長生きするためのコツ、さらには腎臓リハビリによって人生を復活させた人々の声など、腎臓についてのノウハウがさまざまな角度から解説されているので、きっと役に立つはずだ。
>またそれ以前に、「こんな生活を続けていたら、腎臓が悪くなってしまうのでは?」というような漠然とした悩みを解消できるため、精神の安定も得られるに違いない。
<参考=「「人生後半の充実度は"腎臓"で決まる」→身体にとって「万能薬」となる簡単な習慣とは」(東洋経済)>
(25/12/27)
https://toyokeizai.net/articles/-/924673